roppongi7

11月 19

発売当時、小型のオープン2シータースポーツというカテゴリーは市場からほぼ死滅状態であった。1970年代から自動車に対する消費者の嗜好が快適性重視に変わっていったことや、年々厳しくなる北米の衝突安全基準をクリアできなかったことなどがその理由である。しかし、マツダはその間、北米を中心とした度重なる市場調査によって潜在需要が非常に期待できることを掴んでおり、計画自体何度もお蔵入りの危機に遭っていたが、最終的にこの調査結果があったので発売をした。自動車業界の冷ややかな予測に反し、発売後瞬く間に世界中で大反響を呼んだ。このヒットにより、欧州の主要メーカーが同種の車を次々とリリースするきっかけとなった。

ロードスターはギネスブックにも登録されるほどのヒットを記録したが、後にこのカテゴリの車の多くは大型化し、大柄で大排気量のエンジンを採用した、利益率の高いプレミアム志向へとシフトすることとなる。

かつてのライトウェイトスポーツカーの名門ロータスが、「われわれの作ろうと思っている車が間違いではないと証明してくれた」と語ったとされ、その完成度は非常に高かった。生産技術の優秀さや性能に対する低コストぶりなど、技術面ばかりが評価されることの多かった日本車において、車造りの「思想」という面で世界に多大な影響を与えた稀有な存在である。

マツダ・ロードスター - Wikipedia (via takaakik)

(otsuneから)